日本のあれこれ その3
凡俗な人物が重大な責任ある地位につくことは、しばしば大悪党が権力を握るより悪い結果を生むものです。
田中は長州出身の軍人であり、山県系の秀才として、陸軍の出世街道をつっ走ってきた人物です。
日清・日露にも参戦して武勲をたてましたが、田中が頭角を現わしたのは、大正二年軍務局長になり、二箇師団増設問題で山県と結んで西園寺内閣を倒し、ついにこれを実現させたころからでした。
これよりさき、田中は帝国在郷軍人会をつくったり、また大正四年には青年団の組織にのりだしたりしているから、このころかつらたろうてらうちまさたけから、かれはすでに、一方で山県有朋-桂太郎ー寺内正毅という長閥の大物にとり入り、他方、陸軍の周辺の組織を固めて、将来大いに野心をのばそうと準備おさおさおこたりなかったわけです。